2017年06月27日

大根の思い出

先日うちの大家さんの畑の大根を一杯いただいてきました。
畑はお店のすぐ近くにあるのですが、大家さんはほったらし農業専門で、今年は間引きもしないでほったらかしたほうれん草とコマツナが何が何やらわからなくなりそうにモジャモジャになっているのを全部くださるというので、抜きにいったついでに「大根も持っていっていいよ」とおっしゃったので、遠慮なく一杯引っこ抜いていただいてきました。
 今年の大家さんの大根はとても出来が良くて、まったく辛味もなく、煮て良しおろして良し。甘味があって毎日おいしくいただいています。
 
 大根には忘れられない思い出があります。
今から30年以上前の話しですが、まだ私が二十歳そこそこの頃、ちょうど6月の今頃に夏大根が出始めたので、九十歳を過ぎた祖父のためにふろふき大根を作ったのですが、いくら柔らかく煮ても祖父が固くて食べられないと言うんです。
 何回も何回も煮なおしてみましたが、祖父はやはり固くて食べられないと言い続け、結局最後まで食べられないで終わってしまいました。
 それが悔しくて、それからというもの、まるで人生の目標みたいに大根を見ると柔らかく、柔らかくと一生懸命煮てみたのですが、どうしてもとろけるように柔らかくはなりませんでした。
 それから10年近く経って、無農薬の野菜を使うようになって、初めてとろけるように柔らかく大根が煮えるようになりました。農薬を使用した大根は本当にとろけるように柔らかくはならないのだということをやっと知ったんですね。
 柔らかく煮えた大根を前に、もうすでに亡くなっていた祖父に食べさせたかったな、と、本当に悔しく残念に思われました。もっと早くわかっていれば、と。

 八ヶ岳の風のお惣菜がとても柔らかいのは、それが理由なんです。
もし祖父が生きていたら食べさせたかった、柔らかいものを、そう思えてついつい柔らかく仕上げてしまうんですね。
 私の作った野菜の煮物を「柔らかくておいしかったよー。お袋の味がした」とおっしゃる方がいらっしゃいました。
 そんな時にも、祖父の「固くて食べられないよ」という声と、祖父の顔が浮かんできてしまいます。
 意識しているつもりはないのですが、いつも思い出される思い出なんですね。

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posted by ねこ at 00:08| Comment(0) | 日記
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