2017年08月26日

青い屋台

私が生まれて初めてお好み焼きを食べたのは、小学校低学年の頃に友達と行った出初式でのことでした。友達につられるようにして買って食べたお好み焼きのあまりの美味しさにもうひとつ食べたかったのですが、お小遣いが足りなくて買えなくて後ろ髪を引かれるような思いで帰ってきました。
 その屋台がトタン部分がすべて青く塗られたとても特徴のある屋台で、その屋台と焼きたてのお好み焼きを半分に折った緑色の紙に包んで渡してくれたことだけを忘れないように記憶に留めていました。
 
 その青い屋台が実はとても近い所にあったことに気づいたのはそれから何年も経ってからでした。
私の住んでいた町内には弘明寺観音というちょっと有名なお寺があり、参道が商店街になっていて、子供の頃から母に連れられて買い物に行っていたお気に入りの商店街だったのですが、その商店街の真ん中あたりを流れる川の橋のすぐ脇にその青い屋台はいつも閉まったまま置かれていたのです。ずっと閉まったままの状態で置かれていたので長いことただの風景のように見えてしまって気付かないでいたようです。
 
 後で聞いた話ですが、その青い屋台のお好み焼き屋さんは、かなりあちこちの縁日やお祭りにも出ていて、どこでも美味しくて評判で行列ができる屋台だったそうですが、私が初めてその屋台と出合った数年後に病気でもされたのか、突然姿を消してしまったということです。その後その青い屋台はもともとの地元の弘明寺商店街の橋のすぐ脇の定位置に閉まったまま長い年月ずっとそのまま置かれていました。
 
 私は、それからもずっとその青い屋台のお好み焼き屋さんのお好み焼きが忘れられずにあちこちでお好み焼きを食べてみましたが、似たようなものさえないし、人に聞いてもやはりあのおじさんのお好み焼きは全然違ったという話しか聞けませんでした。
 今ある豚肉などが乗った、卵が割ってある、ソースやマヨネーズがコテコテしたお好み焼きとはまったく違う、キャベツとネギくらいしか使ってないという位のシンプルさで、ソースもコテコテしていないあっさりのはずなのに不思議なくらい美味しい独特なお好み焼きでした。

 私が大学に入った頃、突然その青い屋台が開かれて、40代くらいの男性がお好み焼き屋さんを再開しましたが、ラジオの競馬中継に夢中で商売はほったらかしだったため、お客さんも付くはずもなく、すぐにまた閉めてしまいました。
 ふたたびまた長い年月青い屋台は橋の脇の定位置に、ひっそりと閉まったまま佇んでいました。
 
 20年以上経ったある日、青い屋台はまた再び開かれました。
 今度はおばあさんと40代くらいの男性でした。二人でお好み焼きを焼き始めたのを見た時、私がずっと探していたお好み焼きであることがすぐにわかりました。
 初代のご店主のご家族が店を始めたのだと直感的に思いました。
まったく同じという訳にはいきませんが、できるだけ忠実に同じお好み焼きを再び焼こうとしていて、おじさんがやっていたように、緑色の紙ではありませんでしたが、新聞紙にくるんで手渡しする売り方をしてました。
 私達は懐かしさもあって、飛びつくようにしてさっそくそのお好み焼きを買って食べてみました。完全ではないにしても、懐かしい美味しさでした。
 それからというもの、弘明寺商店街に行くと屋台がやっている限り毎回のようにお好み焼きを買って食べるというのが私達の楽しみになりました。半年位するとおばあさんはいなくなり、40代の男性が一人で屋台を切り盛りするようになりました。
 
 2年くらいが経った頃、私達がお好み焼きを買いに屋台に向かっていると、小学生が「ここのお好み焼きうまいんだぜ!」と友達に大きな声で言っているのを聞き、私達が子供の頃と変わらぬ風景がまた広がっていることに嬉しさが込み上げてきました。
 何十年経っても美味しいものはやはり美味しい、変わらないものがあるんだ、という嬉しさでした。やけどしそうなほど熱い焼きたてのお好み焼きを紙にくるんだものを、ハフハフ言いながら食べる美味しさや楽しさは、年月で変わるものでも時代で変わるものでもないのだと、そう思えて嬉しく思えました。しかし、その年、とんでもない出来事が起きてしまったのです。
 
 弘明寺観音は夏の間縁日がありまして、毎月3の付く日と8のつく日が縁日になります。縁日には参道一杯に屋台や出店が出て大変な賑わいとなります。弘明寺観音の縁日は「サンパチ」の縁日として町内だけでなく横浜市内でも広く知られていました。
 青い屋台のお好み焼き屋さんは、この参道には出店せずいつもの定位置の橋の脇の場所でいつもと変わらずに商売を続けていました。
 ところが、他の屋台には目もくれず次々と人が青い屋台のお好み焼き屋さんに並び始め、その行列はどんどんと長くなり、一体何十メーター続いているのか、その先が見えなくなるほどの行列ができ始めたのです。あまりの行列に、さすがの店主さんも不安に駆られて屋台から出て行列の最後尾を見極めようとしましたが、まるで見えません。
 焼いても焼いても間に合わない、大変な状況になりました。
 その行列は、その後縁日のたびに続くようになりました。青い屋台のお好み焼き屋さんの店主さんは、遂に体を壊して入院してしまいました。
 ああ、やっぱり初代のご店主も同じようにあまりにも行列ができる屋台だったために体を壊されたのだと、その時にやっとわかりました。
 
 後で聞いた話ですが、やはり初代のご店主さんの時も、どこに行っても、お客さんは他の屋台には目もくれずに青い屋台に長い長い行列を作り続けていたそうです。

 昔よりももっといろいろな食べ物が質を落とし、味気ないプラスチックトレイに入った、ゴテゴテした味の濃いあまり美味しくないお好み焼きばかりになった近年に、昔長い行列を作った伝説のお好み焼きを忠実にレシピを守って再現した青い屋台のお好み焼きは、恐らく初代の時よりもそのシンプルさや独特の美味しさが際立って、評判を呼んでしまったのでしょう。行列の長さも初代を上回ってしまったのでしょう。
 
 しばらく入院して、青い屋台の店主さんはもう一度屋台に立たれ、今度はお弟子さんを2人連れてきてしばらく屋台を続けていましたが、やがてご自分のお体を案じたのか、お弟子さんに屋台を譲られてご自分は引退されてしまいました。
 残念ながらお弟子さん達の屋台には行列ができることはありませんでした。
 
 私達はちょうどその頃に横浜から山梨に移住してしまいましたので、その後のことはわかりませんが、青い屋台の物語はあまりにも印象深いもので思わずブログに書いてしまいました。

 今も時々、今度は私が自分でそのお好み焼きを再現してみようか、などという誘惑に駆られています。
 美味しいものは、誰かが引き継がないといずれ消えてなくなってしまうものですから。






posted by ねこ at 00:24| Comment(0) | 日記

2017年08月17日

グルテンフリーと小麦アレルギー

最近ビーガンと並んでグルテンフリーがフランスを中心としたヨーロッパのブームになっているようで、日本にもそのブームが広がってきているようです。
 東京でもグルテンフリーのお店も増えてきているようです。

 私はこのブームを、小麦アレルギーの方々にはいいような、悪いような...とちょっと複雑な気持ちで見ています。

 グルテンフリーは、なんとなくブームのような、ライフスタイルや美容とか健康のためといった傾向を感じているのですね。そういったものとして、本来はなんでも召し上がれる方々がブームやスタイルでやられる分にはそれはそれで良いとは思うのですが、小麦アレルギーとは断じて違うと思うんです。もし、お店をやられている方々がそういった捉え方でやられていた場合、アレルギーの方々への理解や配慮に心配があってなりません。
 
 食物アレルギーの患者さんの場合、特にお子さんの場合などは、劇症型の症状を示される場合があります。アナフィラキシーショックなどを起こされた場合、命にかかわることがあります。アレルギーの対象物も様々で、なにがしかのアレルギーをお持ちの方は、他にも様々な症状を示される対象物をお持ちの場合が多々あります。症状も個人差があり、一概には言えないものです。
 
 重症の患者さんの場合、たとえば蕎麦アレルギーの方の場合は、お蕎麦屋さんの蕎麦を茹でる時に出る換気扇からの排気でも症状が引き起こされることがあります。
 小麦アレルギーの場合ですと、たとえば米粉の麺類を製造する工場が、同じ工場内で、きちんと製造ラインを分けていても、同じ工場内で小麦を使った麺類を作っている場合、空中に飛散した小麦粉の微粒子の成分が付着しただけで、たとえ米粉の麺であってもアレルギーの症状が引き起こされてしまうことがあります。
 こういったことにどこまで配慮できるかといったことがアレルギーでは言われるものです。
 私は小麦アレルギーの方のためによくビーフンを使うのですが、そのビーフンの袋に「同じ工場内で小麦製品を製造しています」と明記したものを見つけ、よくここまで配慮したなと感心したことがありました。

 うちのお店でも小麦アレルギーの方々に対応はしていますが、決して十分ではありません。それぞれの方々とよくお話しして、こわごわですが、なんとかやらせていただいていますが、それでも無理と思える重症度の場合はお断りするつもりでいます。やはりご無理をさせて万一のことがあってはならないと思っています。

 私が信頼できて、ここならばとお勧めできるお店があります。
東京都練馬区にある「ALETTA」というグルテンフリーレストランです。
 
 実はこのお店の森岡みまシェフがうちのご常連の方なのですが、シェフご本人が小麦アレルギーで、非常に厳密に厨房から小麦成分を排除しておられる、本当に小麦成分のない厨房で料理が作られた、かなり信頼度の高いレストランです。
おまけに大変腕が良いシェフで、味にも定評があります。
 森岡みまシェフ、この人ならば、と私が今のところ唯一信頼できるシェフです。
 
 ちょっと横道にそれますが、この森岡シェフ、神様が二物どころか三物も与えてしまったちょっとズルい、いえ、ちょっと反則な、そんな人なんですよ。
 素晴らしい歌声を持った歌姫で、おまけに腕の良いフレンチのシェフ。ここまででも反則なんですが、さらに美しいんです。美貌の持ち主なんです。これはあきらかに反則!
 その美貌でとびきりの笑顔を見せられた日には、ついついなんでも許してしまいそうな、そんな気持ちにさせてしまう美しい人。
 ぜひそんな彼女のおいしい料理と美しい笑顔に会いに行ってみてください。

ALETTA
定休日:火、水
住所:東京都練馬区関町北3−50−1(西部新宿線東伏見駅南口)
電話:03−6279−7304


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posted by ねこ at 23:43| Comment(0) | 日記

ポン・デ・ケージョ

うちのお店では7月からポン・デ・ケージョの予約販売を開始しました。
8月のお盆休みにはキャンペーンを兼ねて一日10個限定で一個100円で販売しています。

 ポン・デ・ケージョはブラジルのチーズパンで、材料にはキャッサバ粉、またはタピオカ粉(キャッサバ粉と同じキャッサバ芋が原料で、製法がちょっと違う)を使用します。
 
 何故うちのお店がポン・デ・ケージョを焼くことになったかといいますと、うちのお店には小麦アレルギーのご常連のお客様がいらっしゃいまして、その方に美味しいパンを食べさせてあげたいなと思っていたんです。
 そのお客様と別の方で、つい最近小麦アレルギーがわかった方がいらっしゃって、小麦アレルギーだと今まで好きだったパン屋さん巡りが出来なくなって悲しいとおっしゃったので、ポン・デ・ケージョを召し上がれば良いのでは、とお話ししたんです。
 
 その方がたまたま小麦アレルギーのご常連のお客様のコンサートの打ち上げに一緒に参加されていて、たまたまお出ししたポン・デ・ケージョを召し上がって、大変気に入ってくださって定期的にご購入されたいというお話しになり、それならば予約販売で販売しましょうということになりました。
 
 その方がおっしゃるには、私に言われてすぐに生協でポン・デ・ケージョを注文して食べてみたけれど、うちで焼いたものとはまるで違うとおっしゃるんです。
うちのご常連の方も、それはきっと小麦を使っているのではないか、とおっしゃるので、その後調べてみましたら、見た目はそっくりなものが一杯ありましたし、ポン・デ・ケージョという名前で売られているものも一杯ありましたが、材料はほとんどが小麦が主成分で、そこになにがしかのデンプン質が入っているというものでした。さすがにこれには驚きました。
 
 小麦で作っているのではポン・デ・ケージョではありませんし、知らずに食べてしまっていたら小麦アレルギーの方々がお気の毒です。
 
 この国では、本物を販売しているところが本当に少なくなりました。
 せめてうちのお店では、たとえ原材料が小麦よりずっと高くても、本当の本物を作り続けたいと思います。


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posted by ねこ at 22:33| Comment(0) | 日記